難しい芸術

消費税と芸術はどちらが簡単な話か(1)
【アートの本格解説】

1 芸術とは何か、国税とは何か、誤解される双璧

「芸術はデッサンの技術ではなく、表現の裂け目である」。

「国税は国の財源ではなく、物価を安定させるためにある」。

芸術も経済も、従来の常識から離れて解釈を変更すると、現実に合います。何をやれば状況が好転するかも読めてきます。発想の転換を要する分野です。

誤解釈が起きやすい芸術を、異なる切り口で解説するこのサイト。しかし経済でも同様に誤解釈が広まり、グダグダ状態だと知りました。平成時代と令和時代の長期デフレ不況は、グダグダの表れです。

芸術学から遠いはずの経済学を、ここで取り扱う理由は二つ。ひとつは、芸術作品は景気がよい時によく売れるわかりやすい関係です。

もうひとつは、人類が何かを誤解釈する共通パターンへの関心です。人が間違う話題の本に、養老猛著『馬鹿の壁』がありました。その本に、税金の話題も混じっていたそうです。

芸術も経済も、時代が進むと誤解釈が優勢になります。重厚長大な分野のロストテクノロジーなら、「ピラミッド建造」「バチスカーフ深海探査」「コンコルド英仏飛行」「アポロ月面着陸」などで、解釈の混乱が生じています。時間がたつと、子孫が過去を理解できなくなる現象です。

ところが芸術創造や国家経済運営のような、より抽象的な頭脳労働でも、ロストテクノロジーは起きます。「何のためにこうするの?」が、後世ほど脱線して形骸化したり狂ってしまう現象です。

「本当の意味はこうです」「あなたはご存じでしたか」というテレビ番組は昔から多いですね。常識になっている誤解の真相を解き明かす、おもしろエンタメです。

2 芸術の大前提はどう間違っている?

芸術とは何か。芸術性とは何か、芸術的とは。

多くの日本人は、芸術は写実デッサンの腕だと思っています。デッサンがきちんと描ければ芸術性が高い。デッサンの精度が雑で狂っていれば、芸術性が低いと受け取ります。

しかしそれだと、モディリアニが描いた首が異常に長い女性の絵は、デッサンが粗悪で失格です。ゴッホの絵も教会の建物がゆがんで雑だから、デッサンがNG。ポロックの絵に写実デッサンなどないし。

なのに、どれも時の審判を受けた傑作とされます。この矛盾に直面した正直者は、退散に追い込まれるでしょう。「僕は絵を見てもわかりません」「美術など僕の人生に関係ありませんから」と。

芸術とは何か。著者は解釈を変えました。「芸術の特徴は表現の裂け目である」。

時代やジャンルに関係しないこの特徴が、最終結論です。太古からのアート類を総点検して、人類が傑作だと認めた作品の全てに共通する結果論です。

今後はデッサンではなく裂け目に注目すれば、よくわかり鑑賞に手ごたえが出るでしょう。まずは具象画と抽象画で、鑑賞法を変えずに済みます。日本の古い具象画を裂け目で見直すと、どれが本物かがよくわかります。

生け花にデッサンはなくても、表現の裂け目はあります。漫才は、ボケとツッコミがつくるトークの裂け目が爆笑を誘う構造が、わかりやすい。裂けていないギャグは、おもろうない。

3 経済の大前提はどう間違っている?

税金とは何か。国税とは何か、徴税とは。

多くの日本人は、国民が国に上納する運転資金だと思っています。広く国民から税金を集めて、国の出費の支払いにあてる。少子高齢化に増えていく社会保障費を、国税でまかなうという理解です。

運転資金を多く差し出せば財源が潤い予算が増えて、少ないと財源は不足して予算はあれこれカットする。財源があまりに足りないと国は破綻する。これが国税を財源とみる「財源論」です。

「財源論」は真っ赤なウソです。このウソが生み出す事態は深刻です。あるループ現象がそうです。

日本国内で、いったん何かのはずみで物の売れ方が鈍るとします。天皇陛下の崩御とか。地震の後の自粛とか。火山の噴火や台風の被害などで。一時的であれ、経済縮小して税収が減ります。もし財源論に従うなら、税額を確保するために税率を上げます。額を得るには率を上げる。

すると国民の所得は下がって物を少なく買い、経済縮小します。売買が停滞するから、集まる税額が思ったほど増えない。そこで、税額を確保するために税率をまた上げる。

すると国民の所得は下がって物を少なく買い、経済縮小します。税収がたいして伸びず、税額を確保するために税率をまた上げる。

すると国民の所得は下がって物を少なく買い、経済縮小します。率を十分上げたのに、税収は横ばいだったりして。となれば、税額を確保するために税率をまた上げる。

すると国民の所得は下がって物を少なく買い、経済縮小します。ついに税収が増税前より減ります。税額を確保するにはもっと税率を上げる。

すると国民の所得は下がって物を少なく買い、経済縮小します。いよいよ税収が減ってきた。税額を確保しないと、いよいよまずい。だから税率をまた上げる。

すると国民の所得は下がって物を少なく買い、経済縮小します。税収がさらに減るから、税額確保で税率をうんと上げる。

すると国民の所得は下がって物を少なく買い、経済縮小します。税収が思い切り下がるから、税額を思いきり上げるために、税率を思い切り上げる。

すると国民の所得は下がって物を少なく買い、経済縮小します。税収が親の恨みのごとく落ちてしまい、対抗して税率を親の恨みのごとく高くする。

すると国民の所得は下がって物を少なく買い、経済縮小します・・・

デフレスパイラルのループです。いったん始まると、民間企業や商店がどうがんばっても脱出できません。なぜなら、起きた結果が起きる原因となり、自動的にサイクルするから。自由な市場原理が経済悪化させる犯人役となり、泥沼へ際限なく沈み続けます。

この調子で、税収だけで国家予算を立てた国がありました。アルゼンチンやギリシャで、両国は経済破綻しました。なぜか。運転資金ではない国税を、運転資金に見立てたドジです。

4 国税は財源でなく貨幣価値の安定

人類史上最長のデフレは、平成の日本です。泥沼は日本で起き、一人で経済悪化して国民が貧困化し斜陽。今アメリカと中国の大卒初任給は平均55万円と53万円で、日本は19.5万円です。なぜか。

日本の経済縮小の原因は、国税を国家予算の財源だと、途中から見立てた失敗です。アルゼンチンとギリシャの真似をする最中です。途中でそう変えた口実は、ギリシャの破綻を避けるためだそう。

すごい理屈。「今ゆれた地震の津波に気をつけろ」と言って、みんなを浜辺へ連れて行く感じ。

話を戻します。国税は国家予算ではない。国の運転資金として徴収する筋合いではありません。

国税に財源確保の機能は、1ミリもなく。国庫の準備金でないのに、そのつもりで歯車が狂っていきました。集めた税はかけがえのない資産ではないのに、資産を保護する節約は何をか言わんやです。

「税金が社会保障や教育に使われるかが大事だ」「財政の健全化のために困窮を受け入れよう」「まずは国の無駄を削減すべきだ」「限られた予算を大事に使おう」の声は、根本から間違いです。国税は使うためのお金ではないからです。財源なわけがないのです。

「高齢化時代に税が不足する」「社会コストを消費税でまかなうべきか議論せよ」「議員定数を減らして歳費をおさえるのが先決」「公務員を減らせば経済が向上する」「増税の前にやることがあるだろ」は、どれも悪い冗談です。

国際社会から「失われた10年」と呼ばれ、20年続けてもう30年に達するのに、さらに間違いを続けるのはすごい。自分が逆走しているとは考えない、高速道路のおじいさんみたい。

国税は財源ではない。予算ではない。国庫の備蓄金とは違う。支払いに使うお金ではない。

ではいったい国税の機能は何か。

「物価と貨幣価値を安定させる」です。

一万円札で何が何個買えるかを、めまぐるしく変化させない役目です。わかりますか。

あっ、わかった。話が見えた。という方がきっといるはず。

国税は物価の上下変動と、貨幣価値の上下変動を弱めるための仕込みです。専門用語で、インフレとデフレの急伸を防ぐ。インフレ抑制とデフレ抑制が、国の税金の目的です。

「税不足」「税でまかなう」「税の無駄」という考え方そのものが、独立国家には存在しない。独立国の日本ならあり得ない。道理からかけ離れた妄想だった。これは興味のわく話題です。