難しい芸術

浮世絵の創造性をはっきりさせよう(1)
【アートの本格解説】

1 浮世絵の価値を語りにくいのはなぜ

浮世絵は日本の誇りである。それは確かでしょう。ただ・・・

19世紀にヨーロッパ国から絶賛された浮世絵は、21世紀、2019年の今も日本美術の代表とされています。しかし浮世絵の何が価値なのか、どこに芸術的な見どころがあるのか。絵のどの部分が創造なのかを、スッと言ってみせた人は珍しいのではないでしょうか。

美しくて心打たれる、感動的、実に素晴らしい、最高級の芸術、魂に響いてくる逸品というような、いつものほめ言葉に向かってしまうような。誰でも口にできそうな感情の高まりはあれど、具体的な話は少ないのです。

ゴッホの絵をほめる言葉と、結局同じになってしまったりして。

浮世絵の造形に切り込んでいくわかりやすい言葉が、ほとんど出回っていないのが不思議です。「魅力は部分ではなく、絵の全体なのだ」と言っても、やっぱり具体性が乏しい。

浮世絵を称賛する枕詞(まくらことば)に、「印象派の画家たちが影響を受けた」があります。でもその先に話が進んでいくことがなく、称賛だけが連呼されているもどかしさを感じませんか。

どうも浮世絵は日本絵画界との関係が微妙で、真っ直ぐ向き合いにくい事情がある気がします。なぜ浮世絵はほめられながらも、よそよそしい位置に置かれているのか。浮世絵の謎を考えてみます。

2 浮世絵の特異性は抽象性

浮世絵の最大の価値は、抽象画である点です。抽象性が価値。

「ええーっ、どこが?」「浮世絵は具象画でしょ?」「アホらし」「やめさしてもらいます」という非難が聞こえてきそうです。

でも、どういう流れで見ても、いくら具象画であるとしても、浮世絵は抽象的に描かれています。抽象美術の範疇にまで入り込んでいて、アブストラクトアートへと向かう走りといえるものです。

浮世絵は抽象美術に近い具象美術。抽象化が進んだ具象。浮世絵は抽象画の一角です。

「でもモチーフが人物や風景だし」と、反論が出て当然でしょう。具象三点セットに含まれる事実も間違いではないのですが。ただ・・・

西洋の人が浮世絵に何かを感じた当時、絵画は何でもありではなかった点に注意がいります。時代は写実的な具象画、リアリズム絵画でした。写実主義的な絵ばかり。それらとくらべた浮世絵の違和感が先に立ったはずで、そんな西洋の事情を考えてみます。

3 浮世絵人気の発端は徳川時代最後の年

19世紀の1867年(明治元年の前年)にパリ万国博覧会があり、日本から初めて徳川幕府が出展しました。これが、西洋に浮世絵が広まったきっかけだそうです。裏話として、陶芸品を送る保護クッションにした包み紙が浮世絵だったと、ネット情報にあります。

たぶん、くしゃくしゃと、丸めてあったのでしょう。「オオ、コノツメモノノエハ、オモシロイデース」と、フランスで火がついたという。「この包み紙の絵の、きれいなやつをもっと送って欲しい」ということに。

浮世絵が欧米の目に驚異に映った最大の理由は、写実具象の時代に降ってわいた抽象的デフォルメだったからでしょう。抽象美術という言い方さえまだない頃に、ふいに転がり込んできた抽象画風です。

何しろ、当時の技法は空気を描く遠近法でした。陰影と明暗、グラデーション。当時の基礎は写実デッサンのセオリーでした。トロン・プルイユという、立体的に見せる技法。だまし絵の時代でした。本物の光景みたいなリアル絵画へと、様式を突き詰めていく頃の西洋でした。

顔を壊して描くピカソや、絵具をまき散らすポロックは、まだまだあり得ない時代です。理想的な絵画であるだまし絵の完成へと、いよいよゴールが見えてきた時代に、その理想とは全く違う絵が突然日本から送り込まれたわけです。

日本の絵は写実から相当に遠い具象画。全然リアルじゃない。一瞬実物かと思ってドキッとすることが絶対になさそうな、簡略された絵。それが浮世絵でした。描き方が平面的で、この世の物体が浮いて見えない浮世絵。

4 浮世絵には区分線がある

浮世絵の造形的な特徴として、描線があげられます。絵を線で区切ってあります。

たとえばフランスのクールベ(1819-1877)がかいた油彩画には、人の顔と後壁の間に境界線が引かれていません。人の顔は白めに塗り、後壁は茶色く塗る、二つの境目は色が切り替わるエッジです。筆で引いた独立したブラックラインが、西洋画にはありません。

小学校の図工の授業で絵を描いた時、ありもしない線をかくなと先生に注意された覚えはありませんか。それはリアリズム絵画を規範とした、洋画の流儀です。仕切り線を引いたら絵はだめになるとの指導がありました。昭和の図画教育は、写実具象の延長だったからです。

それに対して浮世絵には、くっきりと線が引かれています。顔の輪郭を線で囲ってあり、先生に叱られそう。これは現代の漫画と同じ画法です。今は漫画アートのキャンバス画もありますが、19世紀西欧のキャンバス画にそんなものはありません。皆が写実ばかり。

くっきりした区切り線は大和絵の伝統ですが、浮世絵は面相筆の直筆よりも、木版画が主流でした。木版画にも独立した引き線を作っています。色塗りと線引きを混ぜた、ミクストメディアもあるようで。

当時の西洋のパリにも、カリカチュア画などペンイラストはあったでしょう。そこに投げ込まれた浮世絵は、イラスト略画にとどまらず、スケッチ以上の本番タブロー作品の風格が、パリの目に止まったようです。

日本ではクズ紙として捨てた絵が、パリでブームになりました。それが「ジャポニズム」でした。