難しい芸術

浮世絵の創造性をはっきりさせよう(4)
【アートの本格解説】

13 印象派の強い影響はエコール・ド・パリ

それなら浮世絵の画風は、フランス画壇のどこに結実したのでしょうか。モチーフの取り入れは印象派だとしても、画風への取り入れは、どの時代に起きたのか?。

浮世絵は欧米の目にかなり超然とした画風だったので、当時のイラストレーターなどに応用されたのかも知れません。そうして、ゆっくりと普及していったのではと考えられます。

たとえば20世紀のエコール・ド・パリは、浮世絵の影響をはるかに感じさせます。首が長い女性の絵で知られるモディリアニ(1884-1920)が注目できます。首の長さと黒目の省略に目が行きますが、よく見ると平面的な人物像を線で区切って描いています。

陰影が乏しく平板で、線があります。デフォルメ形態と、シンボリックな決め構図。略式の抽象性と記号化など、浮世絵とモディリアニの方法論には共通点が多いのです。モディリアニの絵は平面的で、空気を描いていません。立体感がないへたな絵。

パリの絵画が浮世絵に似てきたのは、20世紀のピカソ(1881-1972)ら抽象画より後だったのです。

一般論よりも、西洋人は浮世絵への理解が遅かった疑いがあります。『シャラク』や『ビードロ』に影響を受けたパリの絵は、20世紀にやっと出てきたと著者は考察します。印象派にとって浮世絵は先進的にすぎたと。

浮世絵は欧米に真に理解されないまま、19世紀を逃げ切ったかたちです。20世紀の抽象芸術運動の後に、やっと浮世絵のような画風が現れたのです。モチーフではなく、画風が。

しかも21世紀の西洋の目で見た浮世絵も、相変わらずエキゾティシズムに関心が向かい、造形は後回しにされているようです。支持されても理解は遅れる、孤高の浮世絵です。

14 歌川広重や葛飾北斎の風景画

切手趣味週間シリーズの最高の貴重品が、歌川(安藤)広重(1797-1858)の『月に雁』です。この絵は表現の裂け目を感じるもので、一瞬何が描かれたのかわからない、らしくない絵です。

広重といえば、東海道五十三次の55点の絵が、永谷園の『お茶漬けのり』の景品にありました。そんな庶民的な広重とは少し違う、何とも不思議な絵です。

鳥の軽快感を全く感じさせない、異様ともいえる重ね方に、異質な才能があります。よくわからない絵の一種でもあるのです。

ただし切手は紫色のモノトーンのせいで異彩を放ちました。原画のカラーで見ればそう異質でもなく。切手デザインが特別に秀逸だったようで、世界的にも謎めいた図柄です。

切手もまた印刷物であるから、れっきとした版画です。美術品に相当します。原画にはない迫力を出した点で、版画芸術の逸品として日本のハイセンスを感じさせます。

ところで、浮世絵は抽象絵画の範囲に入るという著者の判断材料は、切手趣味週間の人物画が中心です。しかし、抽象的な絵画を最も突き詰めた奇才は、おそらく葛飾北斎(1760-1849)であろうと考えています。

シンボリックなデザイン的な絵画だけでなく、記号イメージの略画など、写実とさらにかけ離れたモダンアートを多くつくっているからです。

「本物そっくり」「美しい」「高貴である」という、美術に期待されるものとはかなり違い、時代のにおいを感じさせません。

時間と無関係にあるような絵がいくつもあります。一例はやはり富士のシリーズで、モチーフ形状への忠実さはなく、好き勝手にいじって造形している自由度が超時代的です。

15 現代の浮世絵は現役のどれなのか

著者は日本現代アートの海外展示企画を行っています。そして、ある作風傾向が多く出現することに気づいています。

日本で現代アートと言えば、自転車を百台積み上げたり、遊具を燃やしたり爆竹を鳴らしたり、焼き芋を配ったり、痴漢したりを浮かべる方も多そうですが、海外遠征する現代アートは普通に絵と彫刻です。

この30年で日本に増えたと感じる絵は、浮世絵タイプです。制作アシストやプロデュースに手を広げコンセプトの調整も行う関係で、「現代の浮世絵です」と自称する画家を何度か見ました。

現代日本の絵画に、まずアニメ漫画やイラストレーション系の略画が増えています。立体感を弱めた平面的な人物画が多い。その絵に日本的モチーフが加わると、浮世絵に似てきます。浮世絵のつもりでないケースもあるのでしょう。

反対にトロン・プルイユの洋画、写実的なだまし絵がめっきり減っています。ベタベタ感のあるバタくさい洋画調は、もう昭和らしい雰囲気の絵に感じられます。代わりに、あっさり淡泊な日本画調が主流です。

作者にイラスト出身が多いのは、ピュアアートだとプロ化できなくなった、平成日本の経済停滞もあるでしょう。美術市場が極端に小さい国情が、描く絵を制限しているとも考えられます。

アクリル絵具の普及も洋画離れの遠因でしょう。何しろ油絵具はにおいが強くて、夏は溶き油と香油のにおいが室内が充満します。においのない水性アクリル絵具だと、水彩画の感覚に近づくし、絵を淡泊にしやすい。

そうして何となく日本画っぽくなり、広義の浮世絵が花開いている感があります。ジャポニズムが再来しています。

そのモチーフは花鳥風月に限らず、近未来SF物語や昔話ファンタジー、魔界伝説や末世の悪役列伝なども増えています。現代日本の絵は全般に日本画へ近づき、浮世絵の系譜に映ります。

浮世絵とは何かとは、「日本人が描く抽象的具象イラスト系」と定義しても、当たらずとも遠からずでしょう。(つづく)(2019年4月30日)