難しい芸術

日本人が芸術が苦手になったのはなぜ?(1)
【アートの本格解説】

1 SMAP騒動と現代美術の35歳まで

総理大臣も談話を出すという、今起きているアイドルグループSMAPの解散騒ぎは、登場人物の年齢が総じて高いのが特徴です。アイドルメンバーたちの年齢こそが、本来なら副社長やマネージャーの年齢に思えるほど。

日本で40歳はすでにヤングの部類に入っていて、あらゆる職種で若造として認識されていると思われます。たとえば建築設計界でかつて言われたのは、「海外では40歳は駆け出しだ」という忠告でした。日本の雑誌社が、そのあたりの建築家を巨匠格に扱う風潮を戒めたもの。

今となっては、それこそ80を過ぎないと神扱いされないほど、逆転というかスライドしています。日本国民はすでに高齢化社会への心の準備を済ませていて、人口ピラミッドが著しくトップヘビーへ変形している前提で、社会を動かす中心世代を高め設定しているようで。

連想するのは、日本の企業が長く求人案内に書いていた、35歳までという応募資格の年齢制限です。今は国際的な人権侵害抵触をかわすために、表に書くのはやめて、採用対象から外すボーダーラインとして裏で死守し、そこだけがポツンと前時代的に取り残されています。

35歳の区切りはそもそもブラック運営と同根の心情的動機であって、途中入社の全員を「おまえ」と呼んでしごける低位に置く序列維持(新リーダーの出現阻止)が本意ゆえ、理由は常に虚偽説明されてきたもの。しかしSMAP騒動を受けて、今後は43歳までと改正されるかも知れません。(2016年1月19日)

・・・これは少し古い記事で、ドイツで日本美術展を開催する活動ブログのバックナンバーです。ここに出てくるキーナンバー35は、日本の美術分野でやはり見かけます。日本のある地方で行う現代アート行事で、参加の応募資格が35歳までという条件がありました。

結婚などで日本人が年齢に非常にこだわる動機や真意は、また別の機会にしましょう。しかし、現代アートの催しに年齢制限がしばしば出てくるのは、理由があるのです。そもそも現代美術に関わる者はもっぱら若者が中心だというイメージが、国民の念頭にできあがっていませんか。

現代美術は若者専科というか、ヤングの集いになっている、あるいは世間がそうイメージしているように感じられます。日本国民は現代美術は若い人たちが作るものと考え、それゆえ一過性とみています。作者がやがて年をとれば、卒業して巣立っていく前提です。

現代美術は若気のいたりで疾走する、その元気さと無鉄砲が取りえだという。若かりし頃に入れ込んだその場限りのお祭り的な陶酔として、ほろ苦い思い出が残るイメージです。実は、日本の現代作家や現代論者にも普通に中高年は多いのですが、どうやら理屈抜きの若いイメージが先走っているようです。

そして、現代美術が今のマスコミを大きくにぎわしても、一向に一般化していない点に注意がいります。一般美術として扱われない問題です。美術全体の中で、現代系はいうなればアウトサイドの地位で、オプション扱いのまま。メインとなるちゃんとした本美術が別にあって、「もうひとつのアート」としてサブ的な役に現代美術が置かれている構造がみえるのです。

日本国民が、現代美術をフル代表ではなく、U35アートでイメージしている疑惑です。日本を代表する顔としては当てにしておらず。この構造は、日本の美術界全体の大きい経済損失にもつながっています。現代モノを使い捨てのシロート芸とみる空気があり、売買の雰囲気がつくれずにいます。

アートフェスティバルも社会現象で終わって、産業までは至らないという。ただのブーム。早い話、現代系はプロ化が困難です。現代では食っていけない。だから結局、アマチュアの世界に何となく隔離されていて。

「現代美術っていいね」という内輪の盛り上がりは置いておき、そもそも国内で一般化せずに二軍扱いになっている現実から話を始めます。ん?、国内で・・・?、国内だけの話?、そうです。欧米では、現代美術は二軍ではなく一軍扱いです。格下アートなどではなくて。この地位の落差が存在することは、実は日本国内ではあまり知られていないのです。(つづく)(2016年11月11日)