難しい芸術

先進美術館、リーディング・ミュージアムに渇!(1)
【アートの本格解説】

1 リーディング・ミュージアムとは何か

2018年5月にY新聞ネット版で配信された、『リーディング・ミュージアム(先進美術館)』という構想があります。日本国政府が提案した、日本にある美術館の改造計画でした。美術館を大改造する構想。

リーディング・ミュージアム構想の目玉は、美術館が持つ作品をアート市場に送る自由です。収蔵作品をオークションなどに積極的に出して売買し、作品オーナーを移して流動化させる計画です。美術館の作品も売りに出す。

この構想案に対して、美術館関係者は反対を表明しました。あってはならない計画だと反論して、小さな騒ぎになったのです。

まず、リーディング・ミュージアム構想案は規制緩和の一環です。日本政府の下で、識者の諮問委員などが提案するもの。類似する構造改革の例に、郵政民営化がありました。郵便局を公益事業から民間の株式会社に変える、制約外しでした。

目的を理解するのに、グローバリズムというキーワードが大事です。日本の資金と世界の資金の間にある国境の壁をなくす、新自由主義という経済理念です。日本にすすめたのは、アメリカ金融筋だとされます。ウォール街。

郵政民営化では、ゆうちょ銀行の預金が遊んでいるとして、海外への資産貸付や運用に道を開く計画でした。外国債の購入やM&Aなども含めて。美術館も同様に、作品が遊んでいるとして投資や運用を可能にする計画です。海外への売却も範囲に入れて。

この種の規制緩和は、ウォール街のアメリカでも流行中です。例は「民泊」や「白タク」。

旅館業やホテル業と無関係の人でも、自宅に旅行者を有料で泊めてよいのが民泊制度。マイカーにお客を乗せて、儲けてよいのが白タク制度。自由主義と価格破壊のトレンドです。ただしベルリン市などは認可を撤回し禁止。

2 リーディング・ミュージアムの歴史背景

リーディング・ミュージアム構想の目的は、日本の美術市場の規模拡大です。絵や彫刻を売買する年間総量を、金額ベースで増やす目的です。

該当する施設は、国立美術館、県立美術館、市立美術館、私立美術館です。町立なども含むでしょう。

世界の美術品の売買のうち、日本が占める金額は3.6パーセント(アート東京調べ、他に0.7~2パーセント説あり)とされ、国力に比して極端なほど小さい事実があります。日本はアートがあまり売れない美術小国だと、政府も認めています。

リーディング・ミュージアムの社会背景は、もちろん平成大不況です。昭和末期1985年(昭和60年)の「五カ国プラザ合意」を受け、日本銀行が公定歩合を引き上げてバブル時代に突入。消費バブルの終了は、ブラックマンデーから5年たった1992年(平成4年)でした。

しかし低成長時代への軟着陸にはならず、日本経済は落ち込みました。地上げ融資の損益、すなわち地価暴騰の次に起きた暴落で生じた、銀行の不良債権問題に直面したのです。

土地担保の値下がりで、巨額の融資がこげついた。急いだ銀行による資金回収、貸しはがしなどで、連鎖的に民間企業が倒れました。これがいわゆる「失われた何年」という時代です。G7国などからそう呼ばれ、10年、15年、20年と延び延びの状態。

グローバリズム寄りへ転向した政府は、殿様商売だった銀行へ資金注入もできず、銀行倒産と再編が起きました。外国からの評価は耳タコな「Too little, too late」。今もなごりとして、長い名前の銀行が多いですね。一部は外資系となって。

日本は1997年(平成9年)の消費税5パーセント化で本格的なデフレ不況国となり、2018年(平成30年)に「失われた26年」を記録更新中。文明史上最長の不況との指摘もあるほど。国内は緊縮財政思想によって投資が停滞し続け、今も節約に徹し景気の曲がり角は思想を変えた後になります。

節約で経済が伸びたためしはなく、残業代カットが国会の与野党争点になるなど、近い時期に景気が上がる兆候は乏しいとわかります。皆さんも今、毎日の出費をできるだけ切り詰めて、極力物を買わないようにして暮らしていませんか。

この社会背景で美術館をなぜいじるかは、運営費を自らつくらせるためです。文化芸術の補助金削減とセットです。

3 国民の美術館離れも普通に起きていて

近年よく耳にするのが、若者の「車離れ」「雑誌離れ」「旅行離れ」「飲み会離れ」「デート離れ」「結婚離れ」。ついで「出産離れ」。

若者だけでなく、国民の「何とか離れ」の言い方が増えました。「晴れ着離れ」「高級カメラ離れ」「ゴルフ離れ」「エレキギター離れ」。一度でも公に出たフレーズを並べると、数百もあるらしく。これは、国民が物やサービスを買わない状態です。

その原因は、しかし思想の時代変化や世代差ではなく、単に貧困になったから買えないだけです。飽食や物余りは関係がなく、原因は所得減。結果は消費抑制。使える金が少ないから使わない道理で、この状態を日本語で不景気と呼びます。

その中に、「文化活動離れ」があります。美術展を見に行くのも、人が生きていくのに不必要だと。お金がもったいなくて物見遊山を自粛する国民です。世に多目的イベント会場がめっきり減った変化も関係します。ちなみに、明確な減り始めは1988年と早いものでした。

美術館の収入は減っています。しかしコストは一定額かかります。館内は温度と湿度を保つから、空調機の電気代も年間3千万円とか。収蔵庫の作品も手入れや整理と補修があるし。作品同士くっつかない定期点検もかさむし。

経費削減のしわ寄せで、作品が傷んだり紛失したりが現実に起きています。棟方志功の版画が盗まれ、カラーコピーに化けた事件とか。こうした施設の維持コストが負担で、美術館も動きが萎縮しました。似た境遇の動物園や水族館は、いくつも閉鎖されました。

政府も国民も「ただ今節約中」の冷えた消費マインドの中、館の維持費をつくるために収蔵品を売りに出す案が出たわけです。近い将来に不況から脱するなら、リーディング・ミュージアムの話は不要でしょう。

各美術館が持つ絵画、ピカソやミロ、ゴッホやミレーなどを売ってしまえば、運転資金がつくれます。すると国からの補助金をカットしても、やっていけるかも知れない。それがリーディング・ミュージアムの論理です。

貧乏になった日本から、裕福な頃の文化資産を吐き出させる、外資主導プログラムといえます。

4 リーディング・ミュージアムへの反対意見

その構想に対して、「全国美術館会議」は反対声明を出しました。「美術館は学術施設であって、商業施設でない」という根本理由がひとつあります。

収益目当てにコレクションを切り崩すのは無茶だと。目玉作品や周辺作品や歴史資料を手放すと、活動は制限されます。お客が減るかは不確実ですが、レンタル作品でつなぐ傾向は強まりそうです。何屋さんなのか、アイデンティティーが立ちにくい。

構想では売る役は誰か。アート・ディーラーやブローカー役は、学芸員(キュレーター)のはず。担当者を別に雇えばコストアップするから。しかし学芸員は美学系やデザイン系などの出身だから、売買は素人でしょう。

美術館の内部の混乱も考えられます。ある作品を売るか売らないかでもめて、派閥争いや政界が介入する更迭騒ぎなど。

かつて公立美術館で抽象画を購入する際に、部外者の要望も加わった騒動が複数ありました。先進意識を持ち現代アートを常設展示に加えた館長は、辞職に追い込まれて。その時買った抽象画を手放すかで、再燃するかも知れません。「僕が理解できない絵なんか放出しちゃえよ」と。

昔ニューヨーク近代美術館は、ドガの絵を売ってピカソを買ったことがありました。それから、世界一の大人気美術館へと栄光まっしぐら。日本だと逆に、ピカソを売らせてドガを買わせるなど、時代逆行を求める圧力が勝ってしまう心配がつきまといます。

未来のまた未来に通用する資産の喪失は、地域には痛手です。「美術館は市場に介入すべきでない」という主張には、絵画投資の仕手戦ゲームで何かが失われる不安もあるでしょう。ムードがすさんでいく恐怖というか。