難しい芸術

表現の裂け目と気持ち悪さが芸術の証明(3)
【アートの本格解説】

9 表現の裂け目はジャンルに縛られない

表現の裂け目に注目するなら、あちらを立てればこちらが立たない事態は一変します。

びっしり細かく描き込まれ、同時に何らかの断層、たとえば大彫りのフォルムが全体像に重なっていれば、それが表現の裂け目として浮かび上がります。あるいは、細かさとは関係ない部分に生じるかも知れません。

一個の作品につじつまの合わない要素の不協和があれば、そこが芸術の証明だというわけです。もちろん程度の問題もあります。断層が劇的な作品があれば、ささやかな作品もあります。無段階です。

どう見ても白であり、でも見ていると黒なんだというような、何ともいえない怪しい二面性や多面性を持つ作品が、芸術に値するという解釈です。それが表現の裂け目。

しっかり作られた楽しい作品は、別に芸術ではない。しっかり作られた悲しい作品も、別に芸術ではない。

「明るく楽しい場面に漂う、得体の知れぬ深い悲壮感」が芸術です。ゴッホ絵画には、こうした断層があったのです。そういうことだったのかと、自分の体験と合う方はいませんか。

表現の裂け目は、ジャンルに縛られません。『奈良の大仏』など伝統的彫刻物や、駅にある『生け花』にも平等に通用する視点です。『前衛生け花』にも通用するから、一見変わっているからといって別扱いしないで済みます。

漫才などは、裂け目がむしろわかりやすいでしょう。オチの断層を大きくするために、直前と直後のツッコミが主導しています。ボケのアホな一言が全てに思えても、二人の落差を広げるツッコミ役のお膳立てが巧みです。

表現の裂け目に注目すれば、芸道や演芸や芸能、タレントショーなどイベントの中にも、芸術の成分を見出すのが容易になります。「芸術ってその辺に転がっているんだ」と新発見があるでしょう。山の向こうや、雲の上にあるのではなくて。

デッサンに注目しないで、表現の裂け目に注目すれば、絵画以外の色々な表現物からも逸品を探せます。知識豊富な物知りにならずに、オールラウンドにあらゆるアートの核心が鑑賞できます。

10 名画が気持ち悪い作品なのはなぜか

話はがらりと変わります。芸術の世界では、「気持ち悪い」「感じ悪い」「違和感」「何か変」は、けなす言葉ではありません。直接的な称賛とはいえませんが、芸術の特徴を言い当てています。

芸術談議の中で「気持ち悪い」などの言葉が生じた場合、芸術性を暗示します。少しだけ気持ち悪いことは、芸術の証し。ただしこれは、現代人にとって芸術を理解する高い壁でもあるのです。

というのも、先進文明の理想は気持ちのよさ、快適性、コンフォート指向が著しいからです。気持ちが悪い方が本物だなんて珍しい。一部のお化け屋敷とか、ホラー映画ぐらいか。

普通の感覚なら、気分のよいハッピー表現ほど優秀だと感じるに決まっています。うっとりする絵に、芸術性に心打たれた実感を得やすい。芸術は気持ちよいものだと合点しやすいのです。

しかし現実は大昔から逆です。人類が選りすぐった芸術作品には、必ず気持ち悪い要素があります。感じが悪く違和感もある。明るく陽気でないのが芸術の特徴です。

暗くて陰気なのが芸術。何かしら不穏。頭が下がる仏像も、たいてい尊厳以前にちょっぴり気味悪いですね。

11 しかもあの名画までが気持ち悪い

世界最高の絵画もそうです。レオナルド・ダ・ヴィンチの小品名画『モナリザ』が話題になるたびに、多くの指摘が昔からあります。「じっと見ていると、どことなく不気味だね」「この絵は何か気持ち悪いような気がするんだけど」の声が多いのです。

「謎の微笑」のキャッチフレーズが、昔からついていました。笑っているほどではなく、冷たい顔でもなく、無表情でもなく。

もちろん経年による劣化で、絵具が変色していることを計算に入れる必要があります。コンピューター・シミュレーションで、顔料エージングを逆算して当初の色に戻した想像図が発表されています。

オリジナルカラーに直した『モナリザ』を見ると、今の黄ばんだ色と違い、当時は緑や青や赤みが強く感じられ、今の現代絵画を連想させるものです。そもそも元はあった眉毛がかなり前に消えたそうで、それも違和感に加わっているでしょう。

レオナルド・ダ・ヴィンチ以後の画家で今に伝わる西洋名画にも、明るく陽気な画調は少ないのです。昼景なのに『夜警』と呼ばれてきたレンブラントのように、黒を多く使っただけでなく、かげった陰うつさが多くみられます。

12 エジプトの非西洋美術

話は少し飛んで、西洋美術史の最初に出てくるのは、メソポタミア文明のオリエント美術だったと思いますが、やはり衝撃的なのはエジプト美術です。

現エジプト・アラブ共和国の首都、カイロ市の衛星都市ギーザ市に立つ、あの三大ピラミッドから人類の高度文明が始まったとされます。

エジプトは西洋文明のルーツの扱いですが、もちろんアフリカ国です。サッカーワールドカップでもアフリカ勢。2018ロシア大会にも出場し32位以内。アフリカ大陸のナイル川の下流にあり、カイロ市は地中海に面していて、三大ピラミッドの立地はやや内陸ぎみです。

エジプト文明のアート類を世に知らしめたのは、三大ピラミッドではなく。三大ピラミッドはかなり昔に盗掘にあい、宝物は空っぽでした。エジプト美術が世界にとどろいたのは、ツタンカーメン王の小さな墓をイギリスの学者たちが掘り出してからです。

そのエジプトアートには引っかけがありました。黄金。当時の職人が純金を抽出して鋳造した数々の品が、墓からたくさん見つかったのです。その価格が引っかけです。

今の価格に直した数字は、鑑賞の妨げです。「今の価値で何億円」という数字に目を見張り、造形を見過ごす鑑賞になりやすいから。